現在、イスラエルがガザ搬入を許可した市販品は、30〜40品目のみである。ちなみに2006年6月以前には、4000品目が許可されていた。イスラエルのジャーナリスト、アミラ・ハスによれば、ガザ住民はいまもなお多くの日用品を入手できない(その政策じたいは、昨年12月のガザ攻撃以前からおこなわれていたが)。そのなかには、建設資材(窓やドアのための木材など)、電化製品(冷蔵庫や洗濯機など)、車や機械のスペア・パーツ、繊維類、糸、針、ロウソク、マッチ、マットレス、シーツ、毛布、食器類、カップ、グラス、楽器、本、茶、コーヒー、ソーセージ、セモリナ〔小麦粉〕、チョコレート、ゴマ、ナッツ、パッケージの大きな乳製品、パン類の大半、電球、クレヨン、衣類、靴などがふくまれる。
パレスチナ指導部の内部混乱をふくめ問題は多いが、こうした日用品までもが制約されている状況で、いったいオバマのいう「復興」がどうやって可能だというのだろう。住民にいますぐ支援の手をさしのべなければならないことは間違いない。苦痛を軽減し、せめて見かけだけでも平常状態を回復しようという計画は進行しているものの、利用可能な物資が極度に制約されているなか、その規模などたかがしれている。抑圧的な占領体制と大規模な封鎖のもとで、ガザを復興するとは何を意味するのだろう。そのような状況で、人びとに力をあたえ、予想される外的ショックに耐えるだけの、持続可能で回復力のある諸制度を構築することなど、はたして可能だといえるのか。イスラエルによる封鎖を即時停止し、商業活動を再開し、ガザという監獄の外部への通行を認めなければ、現在の危機はますますつのりゆくばかりだ。アメリカ政府が本気でイスラエルに圧力をかけるつもりがないかぎり――そのような兆しはここまでないのだが――ほとんど何も変わらない。はたして国際社会はガザ復興のため52億ドルの拠出を約束したが、現地のパレスチナ人たちは、家屋を建てなおすのに泥を使っているありさまなのだ。
最近、ガザの友人数名とおしゃべりをしたが、そのときの会話は深刻きわまりないものであった。わたしの友人たちが口にしたのは、自分の身を守ってくれるものが何もないという深い不安である。人間も社会も制度も、どれも頼りにはならない。社会は合法的基盤に欠け、統治支配に関する合意は揺らぎ、そもそも何のために支配があるのかも分からなくなりつつある。あたりはトラウマと悲嘆に満ちあふれ、回復の兆しは目立たない。見捨てられたという思いに、人びとは打ちのめされているようだ。いかなる将来像も抱けないようなときに、それは仕方のないことかもしれない。いちばん印象に残ったコメントはこれだ――「占領や戦争のせいというよりも、自分というものにまったく意味を見いだせないということが、わたしたちを消耗させている」。
イスラエルのかたわらで、ガザは貧困の度を深め、不潔で、人口稠密で、怒りに震えている。そんな場所から、いったいどんな恩恵がもたらされるというのか。ガザが恐ろしい不正義に見舞われているという事態は、イスラエルや近隣諸国の安全を脅かすだけではなく、アメリカの信頼性も損ねることになるだろう。わたしたちアメリカ人が、いかに民主主義的実践や法の支配を主張したところで、ガザの前では虚しく響くだけだ。
わたしたちが自分にはあって当たり前だと思っているもの――日常の暮らし、尊厳、生計、安全、子どもたちを育てる場所――は、パレスチナ人からは奪われている。それがこの先も続き、ふたたび家族崩壊に直面させられるようなことがあれば、老いも若きも、あらゆる党派をひっくるめて、これまで以上に猛烈な暴力がパレスチナを覆いつくすにちがいない。パレスチナ人の全世代がまるまる消滅してしまう可能性だってある。もし、こうした事態が生じれば――すでに生じているかもしれないが――その損失を背負うことになるのはわたしたち全員なのである。(おわり)
Sara Roy, "The Peril of Forgetting Gaza", in
The Harvard Crimson原文は
こちらガザを忘却する危険サラ・ロイ(2009年6月3日付)
先日おこなわれたオバマ大統領とネタニヤフ首相の会談は、アメリカとイスラエルの関係が将来どうなるのか、そしてイスラエル=パレスチナ紛争に対するアメリカの政策は変化するのかという憶測を呼ぶことになった。アナリストは右派左派を問わず、アメリカがイスラエルに厳しい要求を突きつけ、以前より強硬な政策をとるようになるだろうと述べている。しかし、そうした外交的駆け引きの裏側には、苛酷な現実がひかえている。ガザ住民を襲った荒廃は、いまもなお継続中なのだ。そのことに関して、オバマは短いコメントを発しただけ、ネタニヤフにいたっては沈黙したままであった。
人間の手によって悲惨きわまりない状態へと意図的に陥れられた社会はこれまでにも存在したが、ガザはその一例である。かつて豊かな生産力を誇った人口が、いまや援助なしには生きられない貧困者の群れへと姿を変えてしまった。こうした状況が、集団的悲劇の一例であることは間違いない。その責任の大半はイスラエルにあるが、国際社会も共犯として手を貸している。とくに、アメリカ、EU、パレスチナ自治政府の責任は大きい。
ガザが隷従状態に陥ったのは、イスラエルとの最近の戦争にはじまったことではない。イスラエルによる占領――国際社会にとっては、ほとんど忘却の彼方であるか存在を否定されている――が、とりわけ2006年からこの方、ガザの経済や住民を荒廃させてきたのだ。2006年1月にハマスが選挙で勝利をおさめたが、経済封鎖はそれ以前からすでに強化されていた。しかし、この選挙以後、イスラエルおよび国際社会は包囲網を敷いて制裁措置をとり、ハマスが2007年6月にガザを実効支配してからは、なおいっそう締めつけを強化した。そのために、ガザ地区の経済はほぼ壊滅状態に陥ってしまった。わたしは過去3年間、多くのパレスチナ人、イスラエル人、その他の国籍の人びとにインタヴューをおこなってきたが、彼らの発言に共通項があるとすれば、それはガザの社会や経済にあたえる損害があまりに甚大なことへの懸念であった。復興には何十億ドルもの金と何世代にもわたる人びとの努力が必要になるかもしれないというのだ。そうした懸念は、的中してしまった。
昨年12月のイスラエル軍による攻撃以降、ただでさえひどかったガザの状況は、実質的に人が居住不可能な状態になっている。生活手段、住居、公的インフラは、イスラエル国防軍みずからがやりすぎだと認めるほどの規模で、蹂躙され破壊されてしまった。今日のガザにはもはや、目につく民間企業もなければ、産業も存在しない。ガザの農作物の8割がだめになったのに、農家の人びとが有刺鉄線に囲まれた警戒地域付近で植え付けや畑の手入れをおこなおうとすれば、イスラエル兵に狙撃されてしまうのはいまも変わらない。ほとんどの生産活動が死滅してしまったのである。
ガザの経済崩壊を雄弁にしめす一例が、地下トンネルを使った経済活動である。それは、何とかして自分と家族を生き延びさせようという、ガザ住民の不屈の意志をしめすものでもある。このトンネル経済は、封鎖に対抗してずいぶん前からおこなわれていたが、このところ急速に発展している。エジプトに抜けるトンネル掘削作業に従事するパレスチナ人はいまや何千人にもおよび、存在するトンネルの数は、そのすべてが稼働中というわけではないが、およそ千本だと言われている。かつては、ガザ(と西岸をあわせた)経済収益は、平均して中の下のレヴェルだとみなされていたが、現地エコノミストによれば、いまやガザの経済活動の9割が密輸によるものである。
現在、ガザ人口140万人のうち96%が、生活必需品を手に入れるのに人道支援に頼らなければならない。国連の世界食糧計画によると、ガザ住民が最低限の栄養補給をみたすだけでも、少なくとも毎日トラック400台分の食糧が必要である。イスラエル政権は3月22日に、ガザへの食糧運搬に関しては、あらゆる制限を撤廃すると決定した。にもかかわらず、5月10日からの一週間で、食糧など物資供給目的でガザに入ることを許可されたトラックは、わずか653台にすぎない。それは必要量の23%をみたすものでしかない。
■ 階級とコモンズコミュニストの仮説に忠誠を誓うというだけではじゅうぶんとはいえない。歴史的現実の内部で、コミュニズムという実践を緊急事にしている敵対性の位置を見定めねばならない。今日において、ただひとつ正当な疑問は次のことだ――グローバル資本主義の際限なき再生産=再増殖を食い止めるような強力な敵対性は、当の資本主義のなかに存在するのであろうか?こうした敵対性の候補は4つ考えられる。まず、(1)生態系の崩壊が迫りつつあるという危険、(2)いわゆる知的財産権などの不適切な私有財産、(3)とくに遺伝子工学など、新しい科学テクノロジーの発展に関わる社会的・倫理的意味、そして最後に、(4)社会的アパルトヘイトの新形態――新しい分離壁やスラムなどだ。ここで注意すべきなのは、最後の(4)と残りの(1)〜(3)のあいだには、質的な差異があることだ。(4)の特質は、内側に包摂される者と外側に排除される者を分断する格差(ギャップ)である。それに対して(1)〜(3)が指摘するのは、ハートとネグリが「コモンズ」と呼ぶ領域――すなわち、社会的存在としてのわたしたちが共同で所有すべき実体=財産のことであり、それを私有化することは暴力行為にほかならず、必要とあらば何としてでも抵抗しなければならない――ということだ。
コモンズとして第一にあげられるのは、文化――直接に社会化された認知資本の形態――たとえば主要なものは、コミュニケーションと教育の手段となる言語がそうだし、公共交通、電気、郵便などの共有インフラもそうだ。もしビル・ゲイツに独占が許されていたならば、コミュニケーションの基本的ネットワークを織りなすソフトウェアが、一個人によって占有されるという不条理な状況を招くことになっただろう。第二のコモンズは、公害や開発によって脅かされている外的自然――石油から森林、自然環境そのものにおよぶ――があげられよう。第三は、内的自然というコモンズ、人類が生物として受け継ぐべき遺伝子工学的な財産だ。これらのコモンズをめぐる闘争すべてに共有されている認識とは、コモンズを囲いこもうとする資本主義の論理を野放しにしてしまうと、途方もない災厄をもたらす危険性がある――いずれ人類そのものが自滅してしまう――ということである。このように「コモンズ」を参照することで、コミュニズムという概念を蘇らせることは、たしかに可能だ。資本主義によるコモンズの囲い込みとは、人びとをプロレタリアート化するプロセスのことであり、人間は自分自身の実体=財産からも排除されてしまう。わたしたちはコミュニズムという概念のおかげで、こうしたプロセスをつぶさにみることができる。また、このプロセスは搾取へと至るものだ。よって、搾取の政治経済学を、現代でも使えるよう新しく更新しなければならない――たとえば、所属企業によって搾取される無名の知識労働者たちにも適用できるように。
しかしながら、コミュニズムという用語を正当化するのは、(4)に挙げた、排除された者に関する敵対性だけなのである。排除された者を脅威とみなし、つねに適当な距離をたもつことに拘泥する国家社会ほど、逆に私的なものはない。別の言い方をすれば、4つの敵対性のうちで、包摂と排除とのあいだに生じる敵対性こそが決定的なものである。この4つめの敵対性がなければ、残りの敵対性は転覆力を失ってしまうのだ。エコロジーは「持続可能な発展」というお題目に変わり、知的財産は複雑な法的問題として扱われ、遺伝子工学は倫理上の問題にすりかわってしまう。たしかに、内と外を分割する敵対性と対決しないまま、環境保護という問題に誠実に取り組み、知的財産という概念の拡張を擁護して、遺伝子のコピーライト化に反対することも可能である。それどころか、こうした闘争を定式化する際に、汚染をまきちらす危険のある外部者から内部者を守るという観点を取ることさえできよう。しかし、こういうやり方では、真の普遍性に到達することはできない。ただカント的な意味での、「私的」関心が生じるのみだ。ホールフーズ・マーケット〔アメリカの自然食品チェーン〕やスターバックスなどの企業は、労働組合活動を弾圧しているにもかかわらず、相変わらずリベラルのあいだでは受けがよい。こうした企業は、表向きには進歩的企業を標榜しながら商品を売る。「フェアトレード」価格で仕入れた豆を使ったコーヒーだとか、高価なハイブリッド車というように。そのような世界では、ビル・ゲイツは、病気や貧困を撲滅する偉大な人道主義者であり、ルパート・マードックは、みずからのメディア帝国を通じて何十億もの人びとを動員できる、偉大な環境保護主義者だとみなされる。内側と外側を分断する敵対性を考慮しなければ、そうした世界に身を置くことになってしまう。
こういったカント的世界から脱出する際に、つけくわえておくべきは、社会ヒエラルキーの「私的」序列のなかに、明確な場所をもたないがゆえに、普遍性をダイレクトに表象する社会集団が存在するということだ。それは、ジャック・ランシエールが社会的身体の「part of no part(役割を果たさないという役割/効果なき部分/器官なき部位)」と呼ぶものである。真に解放をめざす政治はすべて、理性の公的使用〔カント〕という普遍性と、この「役割なき部分」のもつ普遍性が短絡することで生み出される。これはすでに、若きマルクスが抱いたコミュニストの夢であった。すなわち、哲学の普遍性とプロレタリアートの普遍性を結合するという夢のことだ。このように、社会=政治的空間に排除されたものが侵入するという事態について、われわれは古代ギリシア以来、その呼び名を知っている――それが民主主義というものだと。
現在において支配的なリベラル民主主義も、排除された外部者に対して何らかの策を講じている。ただし、わたしが言う民主主義とは、根本的に異なるやり方で。というのも、リベラル民主主義は、外部者をマイノリティーの声として内部に回収することに専念するものであるからだ。あらゆる立場の声を聞き届けなければならない、あらゆる利害関係を考慮しなければならない、万人の人権が保障されねばならない、あらゆる生活様式・文化・実践が尊重されなければならない、云々。このような民主主義は、あらゆる種類のマイノリティ――文化的・宗教的・性的マイノリティなど――を保護するという強迫観念に取り憑かれている。こうした民主主義の公式は、粘りづよい交渉と妥協から成り立つものだ。そのなかで、排除された外部者が体現する、普遍性という立場は失われてしまう。新しい解放の政治学は、特定の社会主体による行為ではなく、さまざまな行為者が爆発的に結合することから生み出されるものだ。「鉄鎖以外に失うもののない」プロレタリアートという古典的イメージとは対照的に、現在のわたしたちは、あらゆるものを失う危険に瀕している。しかし、まさにそうであるからこそ、わたしたちは団結できるのだ。わたしたちは、あらゆる象徴的内容を抜き取られた、抽象的で空虚なデカルト的主体に還元されるおそれがある。そこでは、遺伝レヴェルで操作を受け、居住不可能な環境のなかで安逸をむさぼるしかない。このような三重の危機が、わたしたち全員をプロレタリアートに変え、マルクスが『グルントリッセ(経済学批判要綱)』で述べたように、「実質なき主体性」へと還元してしまうのだ。「役割なき部分」という形象は、わたしたちがどういう立場を占めているのか、その真実にいやおうなく直面させる。そして、この形象のなかでみずからの立場を自覚することが、倫理的=政治的課題となる。今日、わたしたちはみな潜在的な「ホモ・サケル」〔アガンベン〕であり、それを実際にまぬがれるための唯一の道筋は、そうならないように行動することでしかない。(おわり)
[1] V. I. Lenin, ‘Notes of a Publicist’, published posthumously in
Pravda, 16 April 1924;
Collected Works, vol. 33, Moscow 1966, pp. 204–7.
[2] Samuel Beckett, ‘Worstward Ho’,
Nohow On, London 1992, p. 101.
[3] Lenin, ‘Eleventh Congress of the rcp(b)’,
Collected Works, vol. 33, pp. 281–3.
[4] Sándor Márai,
Memoir of Hungary: 1944–1948, Budapest 1996.
[5] Moshe Lewin,
Lenin’s Last Struggle [1968], Ann Arbor, mi 2005. pp. 131–2.
[6] Quoted in Lewin,
Lenin’s Last Struggle, Appendix 1, pp. 146–7.
[7] Lewin,
Lenin’s Last Struggle, p. 84.
[8] Lewin,
Lenin’s Last Struggle, p. 133.
[9] Lenin, ‘Better Fewer, But Better’,
Collected Works, vol. 33, p. 495.
[10] Lewin,
Lenin’s Last Struggle, p. 125.
[11] Lewin,
Lenin’s Last Struggle, p. 124.
[12] Alain Badiou,
The Meaning of Sarkozy, London and New York 2008